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店名「Henry VIII」はなぜイングランド王なのか|ファルケンブルフのパブと、ヘンリー8世と低地諸国

深掘り オランダ リンブルフ州 ファルケンブルフ パブ・ビール 歴史

木のカウンターに置かれた王冠とビール、背景にイングランドと低地諸国の古地図のイラスト

ファルケンブルフの Pub Henry VIII は、南リンブルフの郷土料理とベルギービールの店です。それなのに、名前はイングランドの王様。しかも6度結婚し、2人の王妃を処刑したことで知られる、あのヘンリー8世です。

先に結論を書いておきます。店がこの名前を選んだ理由は、公式サイトにも、調べた範囲の資料にも書かれていません。 なので、このページは「由来の答え」ではなく、「なぜこの名前がこの店に似合うのか」を、店自身が出している手がかりと、ヘンリー8世という人物の歴史から読み解くメモです。推測の部分は推測とわかるように書いています。

店が出している手がかり

1. 「ヘンリー・デ・アフトステ」という呼び方

公式サイトは自分の店を「Pub Henry ‘de achtste’」と書いています。「de achtste」はオランダ語で「8番目(の)」。英語の「Henry the Eighth」をそのままオランダ語にした呼び方で、店名の「VIII」がイングランド王ヘンリー8世を指していることは、ここからはっきりします。

2. 王冠のロゴ

ロゴは金色の王冠の下に店名、その下に「VALKENBURG A/D GEUL」。王の名前と王冠を看板にする、イギリスのパブの伝統的な看板の作り方にならっています。

グローテストラートに面した Pub Henry VIII の店構え。王冠入りの旗と、王冠を描いた日よけ、テラス席
グローテストラートの店構え。壁の旗にも日よけにも王冠が入っている。日よけの右端にはギネスの看板、手前の黒板には「Westvleteren 12」など今日のボトルビール。左上の丘の上に、ファルケンブルフ城跡が少しだけ見える 写真:筆者撮影

3. 「ヘンリー本人も王冠と交換したくなる」

グッズのページには「ヘンリー本人も王冠と引き換えにしたくなるほど着心地のいいトレーナー」という一文があります。店は「ヘンリー」をキャラクターとして扱い、冗談の種にしています。歴史上の王への敬意というより、宴好きで豪快な王様のイメージを借りている、と読むのが自然です。

4. イギリス式のパブという業態

店はオランダ語の「café」や「kroeg」ではなく、英語の「Pub」を名乗っています。ランチには English breakfast があり、樽生にはギネス、ボトルにはアイリッシュ・レッドエールとサイダーがある。ベルギービールの店でありながら、器は「ブリティッシュ・パブ」です。パブにイングランドの王の名前を付けるのは、その器に合わせた名付けだと考えられます。

Lindemans Framboise の瓶と、Lindemans のロゴ入りのグラス。テーブルにはタータンチェックのクロス
ボトルで頼んだベルギーのランビック、リンデマンス・フランボワーズ(木いちご)。グラスも醸造所のもの。テーブルにはスコットランド風のタータンチェックのクロス。中身はベルギー、器はブリティッシュ・パブという、この店の組み合わせがよく出た一枚(人物はぼかしています) 写真:筆者撮影

なお、イベント会場の紹介サイト Cvent には開業が2003年とあり、公式アルバムには2025年秋の「20周年」の写真があります。開業はおおむね2000年代前半です。

ヘンリー8世が「パブの名前」に向いている4つの理由

ここからは、ヘンリー8世(在位1509〜1547年)という人物のほうから見ていきます。

理由1:宴の王様というイメージ

ヘンリー8世の肖像として最も知られているのは、ハンス・ホルバインが描いた、肩幅の広い、堂々とした体格の姿です。若いころは馬上槍試合や狩りに熱中するスポーツ好きの王でしたが、後半生は体重が増え、大食の王というイメージが定着しました。

彼が拡張したロンドン郊外のハンプトン・コート宮殿には、巨大な厨房がいまも残っています。宮殿を管理する Historic Royal Palaces によると、厨房には約200人が働き、宮廷が滞在するあいだは1日2回、450人以上に食事を出していました。宮廷の飲み物の中心はエール(ビール)です。

「食べて、飲んで、にぎやかに過ごす」ことの象徴として、これほどわかりやすい王はほかにいません。南リンブルフの店が掲げる「ブルゴーニュ流(bourgondisch)のもてなし」、つまり飲み食いを惜しまない気質とも、イメージがきれいに重なります。

黒い鍋いっぱいのムール貝と野菜、3種類のソース
この店で食べたムール貝。黒い鍋にたっぷり出てきて、ソースは3種類。鍋の「Zeeland's Roem」の文字は、ムール貝の産地として知られるオランダ南西部ゼーラント州のブランド名 写真:筆者撮影

理由2:イギリスのパブの看板で「王様の顔」といえば彼だった

イギリスには「King's Head(王の首)」という名前のパブが各地にあります。看板の歴史を扱った資料によると、ヘンリー8世の死後の2世紀ほど、King's Head の看板に描かれる王はほとんどヘンリー8世でした(同じように Queen's Head はエリザベス1世)。

なぜ彼だったのかについては、19世紀の書き手が面白い説を残しています。ヘンリー8世がカトリック教会と決別し、修道院を取りつぶしたとき、「教皇の首(Pope's Head)」や「修道院長の首(Abbot's Head)」を看板にしていた酒場が、面倒を避けるために看板を「王の首」に掛け替えた、というものです。これは一人の著者の説で、すべての King's Head に当てはまるわけではありません。それでも、「パブの看板の王様」といえばヘンリー8世というイメージがイギリスで長く続いたのは確かです。

イギリス式のパブを名乗る店が王の名前を選ぶなら、いちばん「らしい」のが彼だった、ということになります。

理由3:修道院を壊した王の店で、修道院のビールを飲む

ここからは、店の品ぞろえと重ねると見えてくる、ちょっと皮肉な話です。

ヘンリー8世は、最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンとの離婚をローマ教皇に認められず、1534年にイングランド国教会を立ててカトリックから離れました。続く1536〜1541年の修道院解散で、イングランドとウェールズの修道院はすべて閉鎖され、土地と財産は王のものになります。中世ヨーロッパの修道院は、ビールやワインを造り、旅人をもてなす場所でもありました。イングランドの修道院醸造の伝統は、ここでいったん途切れます。

一方、海峡の向こうの低地諸国の南部、いまのベルギーでは、修道院の醸造は(フランス革命期の断絶をはさみながらも)生き延び、現在のトラピストビールや修道院(アベイ)ビールにつながっていきます。

Pub Henry VIII のビールリストには、オルヴァル、ウェストマール、ロシュフォール、ウェストフレテレンといったトラピストビールと、ヴァル=ディユなどの修道院ビールがずらりと並びます。修道院を解散させた王の名前の店で、修道院のビールを飲む。店がそこまで意図したかはわかりませんが、知っていると一杯が少し面白くなる取り合わせです。

石の壁の穴からのぞいた地下の空間。オルヴァルとグーデン・カロルスの看板、ビール瓶、ろうそく、十字架が電飾に照らされている
店内の石壁の穴からのぞける、壁の向こうの小部屋の飾り。トラピストビールのオルヴァル(Orval)の看板、ベルギーのグーデン・カロルス(Gouden Carolus)の看板に、ろうそくと十字架。修道院のビールと教会の道具が同じ棚に並ぶのは、この店らしい光景 写真:筆者撮影

理由4:ヘンリー8世と低地諸国は、意外と近い

ヘンリー8世はイングランドの王ですが、その治世はいまのオランダ・ベルギーにあたる低地諸国と深く結びついていました。

  • 羊毛と布の商売相手:中世から16世紀のイングランドの最大の輸出品は羊毛と毛織物で、その主な行き先がフランドルやブラバント(いまのベルギー)の都市、特にアントワープでした。ヘンリー8世の外交は、この取引をどう守るかと切り離せません。
  • ベルギーの町トゥルネーを6年間治めた:1513年、ヘンリー8世はフランスに攻め込み、トゥルネー(いまのベルギー南西部)を占領しました。トゥルネーは1519年にフランスへ返されるまで、イングランドの支配下にありました。
  • 4番目の王妃はクレーフェの出身:1540年に結婚したアン・オブ・クレーヴズは、オランダ国境に接するドイツの町クレーフェ(Kleve)を治める公の娘です。プロテスタント側との同盟のための結婚でしたが、半年後の1540年7月に無効とされました。アンは離婚後も「王の愛する妹」としてイングランドで穏やかに暮らしています。
  • ファルケンブルフの領主は、ヘンリーの宿敵の一族:ヘンリー8世の時代、ファルケンブルフを含むブラバント公国を治めていたのはハプスブルク家、つまりのちの皇帝カール5世です。カール5世はヘンリーの最初の王妃キャサリンの甥で、ヘンリーの離婚問題で教皇に圧力をかけた側でした。ヘンリーにとって、ファルケンブルフは「宿敵の領地」だったことになります。

まとめ:なぜ「ヘンリー8世」なのか

公式な由来は語られていない、という前提のうえで、手がかりを並べるとこう読めます。

  1. 業態がイギリス式のパブだから、パブの看板の定番である「王の名前と王冠」を選んだ。
  2. 数ある王の中でも、宴と大食のイメージがいちばん強いのがヘンリー8世で、飲み食いを楽しむ「ブルゴーニュ流」の店の看板にぴったりだった。
  3. 名前に重々しさを求めるより、グッズの文句のように冗談の通じるキャラクターとして使っている。

そこに、修道院とビールをめぐる皮肉や、低地諸国との縁という歴史の層が重なっている、というのがこのページの見立てです。本当の理由が気になったら、カウンターで店の人に「なぜヘンリー8世なの?(Waarom Henry VIII?)」と聞いてみるのがいちばん確実です。答えがわかったら、このページを書き直します。

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